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ピカソとルソーと美術の仕事「楽園のカンヴァス」

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原田マハさんの『楽園のカンヴァス』を読んで絵画について考えたい気持ちになったのでブログにします。

小説としては、美術と恋愛とミステリーを組み合わせたような作品。
解説に「美術史とミステリーは相性がいい」とありましたが、なるほどねと思う作品でした。
誰が、いつ、何を思って描いた絵なのか。真作か贋作か。
それを見極める美術研究者の仕事は探偵のよう。
ただ、殺人の犯人を調査する探偵と違うのは絵画という資産価値の大きいものを扱っていることでしょう。
この小説の登場人物は、オークションに出せば3百万ドルはつくといわれた絵画の取り扱い権利を賭けて調査することになります。

調査対象はアンリ・ルソーの『夢をみた』
実際には『夢をみた』という作品は存在しない(もしくはまだバイラーの邸宅で人知れず眠っている)のですが、それはMoMA貯蔵の『夢』によく似た作品で、モデルの女性の左手が握られているのが大きな違いです。

アンリ・ルソー「夢」(1910年)

『夢』と『夢をみた』を描いたアンリ・ルソーは1844年から1910年を生きた画家で、元は税関史でした。
40代になってから日曜画家として絵を描き始め、税関史の仕事を辞めて絵に専念しますが、あまり評価されず貧しい生活のまま亡くなります。

遠近法の概念すらない平坦な絵は、評価されないどころか嘲笑さえされたそうですが、ルソーは自由出品できる美術展、サロン・ド・アンデパンダンに毎年出品しました。
若いころにメキシコ戦争に従軍してジャングルに入った影響か、うっそうとした緑をよく描きました。

そんなルソーの作品に価値をいち早く見出したのがパブロ・ピカソ。
ルソーの絵を二束三文で購入し、大切に鑑賞したそうです。
(小説では、絵画として購入したのではなく、絵を塗り重ねて再利用するためのカンヴァスとして売られていたものを買っていました)

ピカソは10代から絵を描き続けていたので、画風もどんどん変わっていきます。

初期には写実的な絵も描いていました。

パブロ・ピカソ「初聖体拝領」(1896年)

それがスペインからパリに移住した後、パリの貧困層を感触で描いた「青の時代」が始まります。

パブロ・ピカソ「人生」(1903年)

その後アフリカ彫刻の影響を受けて特徴的な絵を描き始めます

パブロ・ピカソ「アヴィニョンの娘たち」(1907年)

ルソーに出会ったのはこの頃で、1908年にピカソはルソーのための宴を開きます。
その時に飾っていたのが二束三文で買った女の肖像。
今でもピカソ美術館に所蔵されています。

アンリ・ルソー「女の肖像」1895年

ルソーとピカソ。
近代的で前衛的な絵画として、生前から評価を集めていたピカソと、大衆には理解されなかったルソー。
平面的で、特徴的で、巧いのかは分からない絵ですが、色鮮やかで印象に残るものがあります。
ルネサンスから始まる写実性のある絵画の方が綺麗だと思っていましたが、ルソーやピカソの近代美術も「生きてるって感じ」がします。
生で、大きなカンヴァスで見てみたくなりました。

相変わらず、自分の普段の生活では興味の及ばないものの世界を見せてくれる小説は良いなと思います。

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