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『罪と罰』から考える

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今まで読書家とは程遠い生活をしていたので、今更ながらドストエフスキーの「罪と罰」を読んだ。上下巻で1000ページ。この超大作を自分の中で整理するべく、記憶が新しいうちに自分の解釈を作ってみる。
解説書などは特に読んでいない、ただの素人の日記です。

あらすじ

学資が続かず退学し、ペテルブルグで貧しい生活をしていた青年、ラスコーリニコフは、1ヶ月あまり計画を立てて高利貸しの老婆を殺害する。しかし、盗んだ金は全く使わず隠しておいた。
彼の犯罪を証明する物証はなく、完全犯罪と呼べるものだったが、刑事ポルフィーリィは心証から彼の犯行に気づく。それでも彼は、嫌疑をかけず、彼に自首を進める。

一方、犯行前、ラスコーリニコフは妹・ドゥーニャが金持ちの男・ルージンと結婚することを知らされる。ドゥーニャは金銭的な問題から犠牲になろうとしているわけではないと主張していたが、ラスコーリニコフは反対。結局、ルージンには金でドゥーニャ達を思い通りにしたいという欲望があることが見抜かれ、結婚は破綻した。ラスコーリニコフは親友・ラズミーヒンに母と妹の世話を頼み、自分は母と妹と距離を置いた。

犯行直後に行った居酒屋で、ラスコリーニコフは飲んだくれのマルメラードフに会う。彼の妻と子供はこの呑んだくれのせいで貧しい生活をしており、彼の連れ子・ソーニャが娼婦として働いて生活を支えていた。マルベラードフが馬車に轢かれて亡くなった時、ラスコリーニコフは母から送金されたなけなしの金で葬式の世話をしてやった。

ラスコーリニコフはソーニャの自己犠牲に徹底した生き方に感銘を受け、自分が犯した罪を告白する。ラスコーリニコフは、老婆は貧しい者から金を奪っており、殺害したことは罪ではないと信じていた。また、世の中には法律に従うべき凡人と、世の中を革新するために時には法を犯さなければならない非凡人がいると考えていた。しかし、良心の呵責に耐えられなくなり、ついにはソーニャに言われた通りに自首し、シベリア流刑にされた。

ソーニャはシベリアまで付いて行ってラスコーリニコフを支えた。ラスコーリニコフはソーニャへの愛に気づき、更生し始める。

他にも色んな話の流れがあり、特にドゥーニャへの愛に敗れて自殺したスヴィドリガイロフについて書かないのは変かもしれない。とはいえ、私はラスコーリニコフの犯罪心理に注目して考えていきたい。

素人解釈

ラスコーリニコフはなぜ殺したのか

上巻の中盤まで、ラスコーリニコフがなぜ老婆殺害に至ったのかが謎だった。

  • 突発的な感情ではなく、1ヶ月あまり計画していた犯罪だった

  • 経済的に、食べるにも困っていた時期があった。また、学資さえ続いていれば良い職につく能力はあった

  • 老婆は生きていても大衆のためにならない、殺しても良い存在だと考えていた

  • 自分なら理性的に殺人を遂行し、世間にバレることなくやり過ごせると考えていた

というのが、物語の最初の方でわかっていた殺害理由だが、最初は犯行に及んだ理由が分からなかった。妹の犠牲によって生まれた金とはいえ、数日後には母から送金されることが分かっており、致命的な貧困ではなかったのだ。さらに、当時の彼はあまり食べてもおらず、斧を振り上げて殺害する体力もなさそうだった。それが、上巻の最後の方で、彼の論理が判明する。
ラスコーリニコフによると、人間は凡人と非凡人に分けられる。凡人は秩序と法律に従わなければならないが、非凡人にはその義務がない。大いなる正義のためには多少の犠牲はやむおえないのだ。ナポレオンが戦争の先頭に立って多くの人を殺したように。
彼はこの論理によって、老婆殺害に至ったのだ。

ラスコーリニコフには論理があった。しかし、彼にはそれを実行する勇気というか、行動力がずっとなかった。また、ナポレオンの時代のように、戦争が起きているわけでもなかった。彼は自分が非凡人の区切りだと考えていながら、ナポレオンにはなれないことにやきもきしていた。
彼は金のために殺したわけでも、正義のために殺したわけでもなく、自分が非凡人であるという証が欲しくて殺したのだ。

ラスコーリニコフはなぜ自首したのか

ラスコーリニコフは実際に殺人を犯したものの、そのやり方は決して理性的なものではなかった。殺害後も常に精神が乱れており、バレるのではないかという恐怖や、良心の呵責に苛まれている。しかし、老婆が殺しても良い存在だったということは最後まで信じている。
自分は非凡人のはずなのに、この殺人にオロオロしてしまう矮小さに嫌気がさしたのである。

ソーニャに殺害を告白した時も、老婆を殺したこと自体は反省していなかった。自首する直前にドゥーニャと話した時ですら、罪だとは思っていなかった。

物証はないもののポルフィーリィに罪を暴かれ、ソーニャに懇願され、罰を受けるべきだと考えたのだろうか。最初は川に身投げするつもりだったが、結局そうはしなかった。生命に固執していたという理由もありそうだが、彼の自尊心が許さなかったようだ。自分の論理を実行して殺害する勇気があったのに、強い人間のはずなのに、「恥辱を恐れてどうする」、とドゥーニャに言っている。

彼が自首したのは、自分が「凡人」だと認めた上で、凡人の中では罰にも耐えられる程度に「強い人間」だと思ったからではないか。

ラスコーリニコフは更生するのか

ラスコーリニコフはシベリアで7年の流刑になる。シベリアまで付いてきて彼の世話をしたソーニャに、最初ラスコーリニコフは乱暴に当たるが、最後にはその愛に気づく。
最後の方の

<<今は、彼女の信念が俺の信念でないなんて、そんなことがあり得ようか?少なくとも彼女の感情、彼女の渇望は・・・>>

という表現が気になった。彼女というのはソーニャのこと。ソーニャの信念といえば、自己犠牲による正義。苦しい状況の中でも神の救いを信じ、待つ心。
ラスコーリニコフは、自分が凡人であることを認めるだけでなく、不合理があっても自己犠牲によってそれを切り抜け、神の救いを待つようになっていくということだろうか。

感想

なぜ老婆を殺してはいけないのか。老婆を殺したことは罪なのか。

ラスコーリニコフの論理を考えると、なぜこの殺人が罪に問われるのかが確かに分からなくなる。ソーニャはなぜ自首を勧めたのか?
しかし、一般常識で考えれば殺人を犯した人が罪に問われるなんて当たり前で、「なぜ罪に問われるのか?」という問いそのものがおかしい。
しかも、老婆は極悪非道だったわけでもなく、ただの高利貸しである。しかもラスコーリニコフは、老婆だけでなく居合わせたリザヴェータも殺害している。

ラスコーリニコフの論理が合理的で、自己犠牲で神の救いを待とうというソーニャが非合理的に見えてくる自分は、何かおかしくなっているのだろうか。


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